【文芸翻訳】カズオ・イシグロと土屋政雄とスティシー・ケント ~LikeとLoveの立ち位置~

【翻訳家になるには】カズオ・イシグロと土屋政雄とスティシー・ケント ~LikeとLoveの立ち位置~

みなさんこんにちは、英日翻訳講座の講師Masakoです。

2021年3月、英国のノーベル賞作家カズオ・イシグロの新たな小説「クララとお日さま」が世界同時発売となりましたね。
同時発売になったのは一体どの国なのか不思議に思って調べてみると、どうも英国、米国、日本らしい。

なあんだ、英国、米国は英語版、日本では日本語版と、2種類の言語だけか、とちょっとがっかりしてしまいました。
私としては、スペイン語訳やフランス語訳、韓国語訳、中国語訳、果てはオランダ語訳、ポルトガル語訳、東欧諸国の言語訳などが同時発売になるのかと、大いに勘違いして驚いていたのに……。

それにしても、英語版と日本語版が同時に発売されるとは、かなり珍しいことではありますね。
訳者はきっと、超特急で翻訳を完成させなくてはならなかったことでしょう。これまでカズオ・イシグロの作品は原書で読んでいたので、訳者に関してまったく気にも留めていなかったのですが、今回はとても気になり調べてみると、翻訳を手掛けたのは土屋政雄氏。どんな翻訳家なのだろう?

 

カズオ・イシグロの小説を手がける土屋政雄氏とはどんな翻訳家?

土屋政雄氏はこれまでにもカズオ・イシグロの著作を数多く訳してきた翻訳家で、もともとは技術翻訳を長年手掛けた方で、かなりご高齢でもあるようです。

ということで、カズオ・イシグロの新作もさることながら、訳者が気になった私は、土屋政雄氏が翻訳したカズオ・イシグロの作品で、土屋氏ご本人が最も気に入っているという『忘れられた巨人』(”The Buried Giant” by Kazuo Ishiguro)を読んでみることにしました。

個人や集団の記憶が竜の吐息から生まれる霧に奪い去られるというファンタジー仕立ての内容で、舞台は6世紀または7世紀のブリテン島という設定。前回の”Never Let Me Go”は、SF仕立てでありながら、舞台設定は未来や近未来ではなく、近過去(今でもファンの多いカセットテープの全盛期)の英国でしたね。”The Buried Giant”はファンタジーとはいえ、ブリトン人やら、サクソン人やらの登場人物が設定されていて、歴史的な時代背景を知らない者にとっては、やや敷居が高い作品と言えるかもしれません。

土屋氏の訳はまさに「何も足さない、何も引かない」no nonsenseなアプローチで、無駄のない生硬な言葉使いが鋭くも穏やかにすらりと頭に入ってきます。私は土屋氏の透明感のある訳がすぐさま「好き」になってしまいました。

それから、さらにイシグロ自身について調べるうちに、なんと彼がステイシー・ケント(英語、フランス語、ポルトガル語が堪能でジャズやボサノバをこなすアメリカのシンガーだが、現在は英国を拠点にしている)のファンで、楽曲の詩を提供しているとのこと、作詞はイシグロで、作曲はステイシーの夫のジム・トムリンソンというハッピーな組み合わせ。

私はかなり前からステイシー・ケントの声が気に入っており、お気に入りライブラリに入れて聴いていました。彼女の声はやや甘いのですが、甘過ぎず、ハスキーなのに艶があり、なによりも知性を感じる歌いっぷり。なんとここでも「好き」が重なったのです。こんな風に無意識のうちに「お気に入り」がつながることってあるのですね。

I should say that I love such a happy coincidence!

まるでジグソーパズルの3つの「好き」(Like)のピースがピタリとつながったような気がして、なぜかとても幸せな気分になりました。

ところで、この LoveLike の違いってなんでしょう?

 

LoveとLikeの立ち位置

私はときどき考えてしまいます。

私たちが日本語で「好き」というときは、Loveなのかしら、Likeなのかしら、と。どうも、Loveというコンセプトはもともと日本にはなかったようで、日本に輸入されて翻訳された際に、ワンランク上の形の見えないより抽象的な言葉として定着してしまったのではないでしょうか?

すなわち神の愛、夫婦愛、子弟愛、兄弟愛、母性愛などのように、頭のどこかに住み着いてはいるものの、自身の感情を表す普段使いの表現として口をついて出てくることはめったにない言葉に、昇華されてしまったのではと思えるのです。

一方、英語圏のLoveは、これらすべてを含む上に、ダイレクトな感情表現にも使います。子どもが父親に向かって”I love you, Dad” 「パパ、だ~~い好き!」と言ったり、”I love this dress!” 「あたし、このドレスがとっても気に入っているの」と、ごくカジュアルに使ってますね。

また、他人を褒めるときにも使います。”I love your hat!” 「その帽子お似合いよ!」デートのお誘いに対する返事もしかり、”How about going to the concert tomorrow?” “Oh, I’d love to” などなど。電話を切るときにも ”I love you”、出かけるときにも”I love you”……とLoveの大盤振る舞い。あいさつ代わりに使っています。

こんなにシンプルなLoveという単語なのに、日本人にはLoveという感情はそう簡単に口にしないもの、使い過ぎてすり減らないように大切にしまっておくものという暗黙の了解があるような気がしてなりません。照れずにもっともっと使ってみようかな。

 

 


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ABOUTこの記事をかいた人

商社勤務。英国へ語学留学しCambridge English Certificateを取得。帰国後外資系企業に勤務。その後結婚して夫の転勤先である米国カリフォルニア州、テキサス州、さらにアフリカのナミビアを転々とする。 それぞれの地域のカレッジにて英語、スペイン語、数学、歴史など一般教養を終了し、ナミビアでは、南アフリカ大学の通信教育にてPsychologyを専攻。 1998年に帰国し、2000年にフリーランス「医学翻訳家」として稼働開始。医学分野において創薬(製剤試験、動物試験)、治験関連文書、承認申請資料、照会事項、文献、製薬品質管理、副作用報告書等々、様々な文書の英日、日英翻訳を手掛けて今日に至る。 <趣味や日課> 昔から単純なパズルゲームが好きで、現在は3マッチパズルにはまってます。他には読書。Amazon Primeでドラマや映画を鑑賞(CMがなく、好きな時間に連続して見ることができるので、国内、海外、ジャンルを問わず興味がわいたものを観ますが、近ごろはやりの『進撃の巨人』や『鬼滅の刃』など常時アドレナリンだらだら系は苦手)、音楽鑑賞。 スポーツ観戦は、相撲に加え、テニスはウィンブルドンのみ、サッカーは四年に一度のワールドカップのみ観戦。フィギュアスケートも観ます。スポーツジムでエアロやヨガのレッスンを受け、マシンに乗ったりしていたのですが、どちらかというとその後の入浴が楽しみ。現在はウォーキングに切り替えています。料理は時短で済ませますが、どういうわけか編み物が好きです。