【翻訳家になるには】「僕」、「私」それとも「俺」にしますか?

【翻訳家になろう】「僕」、「私」それとも「俺」にしますか?

みなさまこんにちは。翻訳講師のMasakoです。

早速ですが、一人称単数の独白でつづられる小説を和訳する際に、まず気になるのが主人公の呼称でしょう。

 

「僕」、「私」それとも「俺」にしますか?

英文では老若男女を問わずすべて ”I” で語られていますので、かなり読み進まなければ(というか、かなり読み進んでも)「私」にしようか「あたし」にしようか、「僕」がいいのか「俺」が適切であるのか判断しかねて、悩むことが多いですね。

この ”I” をどうするかによって、主人公や登場人物の人となりが形作られ、周囲に向き合う距離や空気感までにも影響が及びます。小説全体の方向性や文体も自ずと決まってきますね。

どうやらこの点については、名だたる翻訳家たちも例外ではないようです。これまでに訳された英米文学で多数の訳者により翻訳されている小説をみても、主人公の独白が「僕」であったり、「私」であったりとばらつきがみられます。

 

著名な訳者二人の重訳を見比べてみよう!

ハードボイルド小説作家レイモンド・チャンドラーのかの「タフでなければ生きて行けない。優しくなれなければ生きている資格がない」というせりふで有名な『Playback』を、著名な訳者二人(柴田元幸と村上春樹)が重訳したものが見つかりました。

原文:

”If I wasn’t hard, I wouldn’t be alive. If I couldn’t ever be gentle, I wouldn’t deserve to be alive.”

I held her coat for her and we went out to my car.

柴田訳

「無情でなければ、いまごろ生きちゃいない。優しくなれなければ、生きている資格がない」

俺は彼女にコートを着せてやり、二人で俺の車のところへ行った。

村上訳:

「厳しい心を持たずに生きのびてはいけない。優しくなれないようなら、生きるに値しない」

私は彼女にコートを着せかけてやり、我々は車のあるところまで歩いた。

「翻訳講座 本当の翻訳の話をしよう」より

柴田訳はぎゅっと凝縮した用語を使って、ハードボイルド然とした語り口。「俺」で統一しています。
一方村上訳は、どれもやや開いた表現で「私」で語らせていますね。
二人とも「僕」と「俺」の中間の言葉があればいいのになどとぼやいています。

 

翻訳には正解がありません!

これを読んで分かるように、翻訳には正解というものがありません。あくまでも訳者が原文の雰囲気や作者の意図を掴んで日本文にしたものが翻訳文となるわけです。悩ましいですね。あなただったら、どちらを選びますか?

これまでにも英日翻訳講座にて取り上げたフィクションで、一人称で語られている小説がありました。そのひとつがまだ若い男性が死後の世界を語る短編で、私の知る限り、大多数の受講生さんが「僕」と訳していたのですが、お一人「俺」で訳された方がおられました。

自分の死後の生活を淡々と語る主人公ですから、「俺」であっても不思議ではありません。むしろ新鮮で、自分自身を客観視できる主人公の冷静さが前面に描出されていると感じました。この方は男性の受講生さんでしたので、「俺」とすることでおそらく主人公に近く寄り添うことができたのでしょう。

 

さてさて、では、この1958年の『Playback』の一節を「俺」でも「私」でもなく、「僕」で訳してみてはいかがでしょうか? 途端に現代的な空気をまとうような気がします。

Masakoお一人様のつぶやきでした。かなり気障!「あたし」で訳しても面白いかもしれないですね。こんな風に、「俺」、「私」、「僕」で雰囲気がガラリと変わってしまいます。

だから、翻訳って難しい。だけど、翻訳って面白い。

 

Masako先生の翻訳記事に興味を持った方は、前回の記事”『翻訳ってなんだろう?あの名作を訳してみる』より心に残る言葉” も是非読んでくださいね。こちらからどうぞ!

 

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ABOUTこの記事をかいた人

商社勤務。英国へ語学留学しCambridge English Certificateを取得。帰国後外資系企業に勤務。その後結婚して夫の転勤先である米国カリフォルニア州、テキサス州、さらにアフリカのナミビアを転々とする。 それぞれの地域のカレッジにて英語、スペイン語、数学、歴史など一般教養を終了し、ナミビアでは、南アフリカ大学の通信教育にてPsychologyを専攻。 1998年に帰国し、2000年にフリーランス「医学翻訳家」として稼働開始。医学分野において創薬(製剤試験、動物試験)、治験関連文書、承認申請資料、照会事項、文献、製薬品質管理、副作用報告書等々、様々な文書の英日、日英翻訳を手掛けて今日に至る。 <趣味や日課> 昔から単純なパズルゲームが好きで、現在は3マッチパズルにはまってます。他には読書。Amazon Primeでドラマや映画を鑑賞(CMがなく、好きな時間に連続して見ることができるので、国内、海外、ジャンルを問わず興味がわいたものを観ますが、近ごろはやりの『進撃の巨人』や『鬼滅の刃』など常時アドレナリンだらだら系は苦手)、音楽鑑賞。 スポーツ観戦は、相撲に加え、テニスはウィンブルドンのみ、サッカーは四年に一度のワールドカップのみ観戦。フィギュアスケートも観ます。スポーツジムでエアロやヨガのレッスンを受け、マシンに乗ったりしていたのですが、どちらかというとその後の入浴が楽しみ。現在はウォーキングに切り替えています。料理は時短で済ませますが、どういうわけか編み物が好きです。