フルーツフルイングリッシュ スペシャルインタビュー

学術的観点からの英文ライティング学習

第二言語習得研究者 上智大学外国語学部 教授 和泉伸一氏

私達は今回、第二言語習得研究の第一人者である上智大学外語学部教授である和泉伸一先生にお会いできる機会をいただき、言語学習についての様々なお話を伺ってまいりました。
英文ライティングの学術的観点における有効性について、従来の日本における英語教育の問題点、また言葉を学ぶとはそもそもどういうことなのか、等々、非常に興味深いテーマばかりです。
現在、英語学習をしている方、またはこれから英語を学び直そうとしている方へのヒントがたくさんあるかと思います。ぜひ読んでみてください。
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和泉 伸一教授 プロフィール

上智大学外国語学部 英語学科 教授

研究分野は応用言語学、特にその中でも第二言語習得研究と英語教育
経歴:東京国際大学国際学科 卒業
南オレゴン大学学士課程修了(政治学)
南イリノイ大学カーボンデール校修士課程修了(応用言語学) 
ジョージタウン大学博士課程修了(応用言語学、博士)

主な著書:
・『第2言語習得と母語習得から「言葉の学び」を考える〜より良い英語学習と英語教育へのヒント〜』アルク(2016)
・『CLIL(内容言語統合型学習):上智大学外国語教育の新たなる挑戦–第3巻 授業と教材』 池田真、渡部良典との編著、上智大学出版(2016)

スペシャルインタビュー

―英文ライティングの有効性についてどのように思われますか。

第二言語習得においてライティングに注目され始めている

昨今は言語習得におけるライティングの効用が注目されつつあります。研究も進んできていますね。ライティングをすることでリーディング力があがることが分かってきました。
ライティング、リーディングをしっかりとやっていくとスピーキングにもいい影響がでて、能力のトランスファーが起こることはよくあります。
特に高度な英語能力の獲得のためには、ライティングはものすごく重要です。

これまで日本の多くの英語授業で行われてきた“ライティング”は本来のライティングではありません。スペリング、文法に合ったセンテンスを書き綴る等をもってライティング活動とは呼べません。

リーディングも訳読、音読が未だ多く行われていますが、本当は内容をしっかりと読み込み、それに対して自身の意見を述べたり、他の人とコメントし合ったりして、それをライティングとしてまとめていくといったように、もっと意味重視で統合的な学習の流れになっていかなければなりません。

学習指導要領に示される文科省の認識もそのように変わってきています。現場でもそうなってきつつありますが、全国的に見るとまだまだなようです。

ライティングのアドバンテージとは?

ライティングは厳しい世界です。社会において信用を確立するのは全てライティングです。

そして非常に地味です。しかし、その分、学習においてのライティングのアドバンテージはちゃんとあります。スピーキングは即興が多くなり、その場のやり取りを瞬時に行わなければならないため、相応のプレッシャーがかかってきます。ライティングは時間的にそういったプレッシャーからある程度解放されています。

会話とは違って、一度口から放ったものを後で何度も見直すことができるということも別の大きな利点です。LINEのメッセージでも見直すことが可能ですよね。

つまり、ライティングの良さは、記録として残るため、もう一度客観的に評価することができるし、プランニングすることができます。さらにモニタリングもできます。推敲を何度も重ねて書くことが可能です。

要は、意味に注目して書きつつも、必要に応じて形式に注意を配り、意味から形式へ、形式から意味へと行ったり来たりすることができるのがライティングです。だから、ライティングは丁寧に時間をかければかけるほど上手くなっていきます。

そのようなことから学習上のライティングの価値が注目されるようになってきており、スピーキングで伸びなかった部分がライティングを通してどう伸びてくるかといった波及効果を検証する研究が進んできています。

―今までの日本の英語教育における問題点はどこにあると思われますか。

私自身も英語は公立中学のかなり伝統的な教育から入りました。“This is a pen”から始まるそれですね。高校でも訳読式で熟語を覚え、リスニングもない、いわゆる受験英語だけをやってきたくちです。

大学を出て海外留学を果たした時、夢の留学生活のはずが、現実は全くかけ離れたものでした。4技能全てにおいて随分苦労しました。留学先でのリーディングは訳読式では全然ついていけない。リスニングはスピードと量についていけない。スピーキングは思ったように言葉が出てこないし、ライティングでもこれまでやってきた単語やセンテンスを書くレベルのライティング能力では役に立ちません。

確かにある程度の基礎力はつけてもらったと思いますが、もっと日本の英語教育ができることは多くあったのではないかと疑問を持ちました。何を持って英語の「基礎力」というのか、個別の知識の詰め込みだけで本当にいいのか。意味ある言葉の学びとはどういったものであるべきか。様々な疑問を持ちました。

そこで問題意識を持ったことで後に政治学の専攻から応用言語学に変更し、大学院に戻りました。今も変わらず同じような問題意識は常に持っています。

「言葉の学び」としての英語

過去の英語教育の問題点は、究極的に言うと、英語を本来の言葉の学びとして捉えて来なかったことにあると思っています。英語という言葉を単なる文法と単語の集まりと捉えていた。そして、それらの知識をとにかく積み重ねることで英語の習得は成せるものと捉えていた。きちんと理解した上であとは使っていけばいいだけだと考えていたわけです。

言語学にも様々な捉え方がありますが、1950年代当時は構造主義言語学が主流で、言語を「型」の集合体とみなしていました。1960年代あたりから少し変わってきてオーラルがはいってきましたが、オーラルといっても結局「型」中心です。いわゆる「リピート・アフター・ミー」中心の学習と教育です。

私自身も最初はそれが唯一無二の学習法、教育法であると信じていました。数学のように方程式をあてはめて練習問題を何度もやれば自動的に上手くなると。ところが、留学先での自己紹介や会話、スピーチなどをやろうとしても、習っていたことが全然できない、口語でもできなければ、書いても貧相なものしか出てこない。あれだけ関係代名詞に仮定法にと勉強してきたにも関わらず、です。正確に書こうと思えば思うほど、中身が乏しくなり、流れもおかしくなってくる。正確さにこだわり過ぎると口が動かなくなる。筆が止まってしまう。

しかし、本来の言語習得は行ったり来たりしながら処理能力を高めていくものであって、間違いを繰り返しながら徐々に正確さを高めていくはずのものです。意味ある会話交流の中で、困ったりしながら有用な表現を知り、対話相手に手伝ってもらったりしながら学びを深めていくものです。興味のあるものを聞いたり読んだりする中で、生きた文法を学んでいくと、言語習得は進んでいきます。単に知識を積み重ねるのではなく、学んでは使って、使っては学んでと行ったり来たりしながらやっていきます。

型を積み重ねる学習の弊害は、完璧主義に陥りやすいことです。教師自身がそのような教育を受けてきているから、間違っちゃいけないという気持ちが出てしまいます。間違えられないから英語ではなく日本語で授業をやるようになり、どうしても日本語での説明主体の授業となりがちとなってしまいます。

最近では、文科省の後押しもあり、英語でスモール・トークやチャットをやり始める先生も各地で出てきました。50代まで訳読式で日本語を中心に英文法を教えていたという先生が、英語で生徒に「みんなどう?僕はこう思うけれど、どんな文化の違いがあるんだろうね」などと語りかけるようになってきました。英語を主体にやっているからこそ英語のコミュニケーションになります。その中で教師も生徒も英語を使うことに次第に慣れていくのです。

交流が先か学びが先か

社会文化理論というモデルでは人間の学びはみんな社会交流から始まると言われています。
つまりコミュニケーションですよね。

言葉は人に語りかけたり、聴いたりしながら次第にはぐくまれてゆきます。

子どもはまず何かを覚えてから会話するぞとなるわけではなく、何も言えない状態から、会話に入れられています。「元気?」、「かわいいね」などと声をかけられることは、ひとつの対話の始まりです。子供から返ってくるのは単語だけかもしれません。しかし、大人が意味を理解し、言い返してあげるプロセスの中で、豊かなやりとりを体験し、言葉を身に付けていきます。

では大人はどうなのかと言えば、やはり、同じです。例えば、思春期の中学生が短期留学に行った時に、多くの人はそれを経験してくるのです。海外に行ったスポーツ選手、または海外から来日した相撲力士などは比較的短期間で言葉を覚えます。自ら勉強もしているでしょうが、やはり人といる場、様々な生活場面に入って、生きた言葉、豊かな表現に触れているから早く効果的に言葉を学んでいけるのでしょう。

―英文添削の方法について、先生はどのようにお考えでしょうか。

従来の受験対策などにおけるライティングのインストラクションは、本来のライティング指導ではなかったと思います。大きな問題点となるのはセンテンス・レベルでの指導だったということです。言葉は文脈の中で考えられるべきものなので、何かのトピックに基づいて書くことがとても大切です。また、誰かに向けて書く文章と、漠然とただ書く文章では大きな違いが生まれます。漠然と思いつくままに書くのではなく、具体的な状況、目的、読み手を意識するというオーディエンス認識が、ライティング学習には必要なのです。

研究によると、読み手を想定するかしないかで、学習者の書く文章量と文章の質が変化すると言われています。読み手を意識すると自然に語彙の幅もセンテンスの複雑さも増します。ライティング内容の深さが変わってきます。

フィードバックの重要性

ライティングの指導を受けるにあたり、書いたものに対してどのようなフィードバックを受けるかはとても重要です。フィードバックは大きく分けて二つあります。文章の内容に対して行なうミーニング・フォーカス・フィードバックと、文法や構文の使い方などに対して行なうフォーム・フォーカス・フィードバックです。

従来型の指導は、どちらかといえばフォーム・フォーカスばかりやっていたのではないでしょうか。文章の書き方にたくさんの赤字が入って戻ってきますが、書いている内容については何のコメントもありません。提出した学習者側からすれば、内容についてここが面白い、ここをもっと知りたいと言ったようなコメントがないので、戻ってきたものを読む気が失せます。さらに書こうとする意欲が湧く動機付けが起こらないので、継続した学習に繋がりにくいのです。

学習者の意欲を高め、継続させるためにはミーニング・フォーカス・フィードバックが重要になってきます。書いた内容に対してこれ面白かったね!もっと教えてよ!などのフィードバックは、相手とのコミュニケーションを促します。学習者の習熟度によって加減をする必要はありますが、学習し始めほどミーニング・フォーカスが重要です。また書きたいと思わせるフィードバックが重要なのです。

大学院生の研究結果にみるフィードバックの効果

大学院生が行なった面白い研究結果があります。一般的に中学生は書くのを億劫がるうえ、ライティング学習は難しいといってやりたがらないそうです。
大学院生の彼女は、もしかするとフィードバックのやり方次第で変わるのではないかと考えました。英語の文章を書きたがらない中学生に対し、間違ってもいいから、何でも好きなこと書いていいよと指示したのです。そして、戻ってきた文章に対し、文法事項をチェックすることは一切せず、書いた内容について、面白かったよ、などといったコメントのみをするようにしました。何度かの指導のやり始めと、終わりを比べると、明らかに生徒が書く文章の語数は増えていました。時間は同じ程度しかかけていないにも関わらず、です。正確さは変わらず、間違いの減少は見られませんでしたが、文章量は増えているのに間違えた数は増えていないというのは、良い結果です。

重要なのは書く人の気持ち

ライティング学習で重要なのは書く時の気持ちの持ち方です。

先の中学生を例にみてみますと、当初、ライティングは文法やスペリングを添削されるから嫌いだという消極的な気持ちのまま取り組んでいました。これでは語学の勉強になりません。自身が書いた言葉で伝えたいという気持ちがないから、積極的に学習しようという気になれないのです。ところが、指導者のミーニング・フォーカス・フィーバックを受けたのち、とても自信がついて書くことを楽しめるようになっていきました。もちろん、段階的に文法面での改善指導を受けていく必要はでてきますが、それでも引き続き内容面でのフィードバックは継続されるべきです。

内容面だけではなく書き方についての助言、つまりフォーム・フォーカス・フィードバックを受けるひとつの目安となるのは、学習者が同じ表現ばかりでなくもっと違う表現がしたい、もっときちんと書きたいといった気持ちが出てきた時と言えるでしょう。

―ブランクをおいて英語を学び直す人は、どのようにライティング学習を始めるといいでしょうか。

普段から積極的に話すことや、思うことを、英語で書いて表現するというのはどうでしょうか。

表現の場としては、日記でもいいですし、今ならホームページやSNSがあり、興味のあることを発信することができます。例えば、子育ての情報を英語で発信し、世界のお母さん同士で悩みや知恵を共有し合う等。または日本の国内にいる外国人と繋がりを作り、日本の暮らしに関する相談にのることもできるかもしれません。

このように、何らかの自身の経験に基づくことを英語で表現をするのは、積極的なライティング学習に入りやすいでしょう。SNSなどを活用し、人との交流の中でインプットとアウトプットを繰り返すのは非常にいいと思います。

eメールやLINEなどを学習に取り入れる

いきなり英語を話すことにチャレンジするのはなかなか出来にくいという人は多くいます。
特に従来型の教育を受けている日本人学習者は口語の英語に苦手意識を持っています。そこで、eメールやLINEを使えばハードルが下がり、もっと気軽に英語でやり取りしようという気持ちになれるのではないでしょうか。返事をする時は、相手からのコメントの言葉や言い回しを使って、少し直して書くなどしてはどうでしょう。人が落とした言葉を積極的に拾っていくわけです。やりとりが楽しければ間違いなく英語力は伸びてきます。

その点で、Fruitful Englishはミーニング・フォーカス・フィードバックに注力している取り組みをされているようなので、非常に興味のある活動をされていると感じています。